高校時代、テスト期間になると毎朝の礼拝が放送礼拝になった。
その際にわりあい高い頻度で読まれたのがタイトルに書いた箇所。
「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労は、その日だけで十分である。」

明日のテストのことまで考えずに、今日のテストのことだけ考えて
全力でやりなさいって意味かな〜なんて、都合良く考えたりしてた。
明日のこと悩んでてもしょ〜がないじゃん、みたいな感じで。
「明日は明日の風が吹く」みたいで、なんとなく好きだった。

聖書の授業もあったし、子供の頃に友達と日曜学校に通っていたことも
あって、そういう意味ではないってコトはなんとなくわかっていたけれど
頭でわかることと、心でわかることは違う。

神様はほんとうにいるのか....。
あたしも半信半疑。
ある人には「確かに存在する」んだろうし、でもあたしの中には
存在していない気がした。
だけど最近、神様はいると感じることが多い。

もし、神様もイエス・キリストもいなかったとしたら
どうして聖書はこんなにも長い間、世界中で読まれ続けているのか。
やっぱり神様もキリストも存在しているからだと思う。
でも、あたしが信じきれないのはどうしてだろう。

いろいろ理由はあるけれど、神様が本当にいるのなら、どうして
こんな小さな子供が病気で死んで行かなきゃならないの?
いろんなこと経験して、しあわせになっていくはずの子供が??
そう思うことが病院では何度も直面する。
生まれてすぐに死んじゃうのなら、どうして生まれてきたの?

それも神様の大きな計画の中のひとつだと言うのなら、その計画は
どんなものなのか教えて欲しい....。

秋はいろいろ深く考えちゃうんだなぁ、やっぱり。


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